多言語のさんぽ道

現在、主に仏・中・英を勉強。日々の外国語学習に加えて、読書ログや日記を書いています。

歴史を感じる心

本郷和人著『歴史をなぜ学ぶのか』読了。

中身とは全く関係ないが、最近SB新書はこの手の表紙が多くなった。正直面白味がない。

 

学生時代の歴史はつまらなかった。

事実をなるべく速く頭に叩き込むだけ、という感じだったから。

著者はそんな学生も多いことを前置きとして、学校教科書の作成過程によるものだということを言い、教科書では踏み込むことのない歴史の見方を教えてくれる。

歴史学者でなくとも歴史史料を読み解き、史実を並び替えて史像をもち、ロジックの下に仮説を立て、それぞれの歴史観、史観を作っていくことができるという。

本文では様々な過去の歴史学者が提唱した歴史観、歴史上の重大なターニングポイントを挙げながら、歴史の切り取り方見方、現在の歴史学者の問題点、これから多くの人が歴史を学ぶ意味を提議する。

 

史実をもとにした学問的歴史に物語性はいらない。

しかし、我々凡人が歴史に思いを馳せるには物語性は不可欠だ。

その当時の人々の状況や心情を慮り、心を見つめることは人間存在を見つめ、自然と今現在の人間のありようと照らし合わせることになる。

そこに現在と過去のオーバーラップが起きた時、人間の普遍的側面、今の自身とのつながりが立ち現れる。それは親和性、親近感、一体感のようなもので、すなわち歴史を我が事のように感じることができるということ。

学生の頃と比べると、少しながら社会経験を積み想像力も増した。

今なら、自分の中で2Dだった歴史が3Dになりつつあるのだ。歴史を感じることはすなわち人間を感じること。

これから歴史が面白くなりそうだ。